事例 手動切替開閉器SS-32M
テンパール工業さんは生活に欠かせない電気にまつわる、分電盤や配線用遮断器などを製造する老舗メーカー。今回、デザインをさせてもらったのは家庭用蓄電池の分電盤に組み込まれる手動切替開閉器です。これは、停電になった際など、一般電力から蓄電池側の電力に切り替えることができるという機器で、蓄電池ユーザーにとってはマストなものなので確実にニーズのある商品です。普段は分電盤の中に納まっていて生活の中で目につかないものではありますが、安全に電気を使う上で必要なものを作られているテンパール工業さんは、まさに我々の生活を支える縁の下の力持ちという存在です。
元々テンパール工業さんのことは存じ上げており、僕がインダストリアルよりなハードプロダクトのデザインが得意なので、いつか一緒にお仕事ができたらと思っていたんです。そこで思い立ってアプローチさせてもらい、プレゼンテーションする機会をいただきました。
僕は以前、照明器具のデザイン開発をしていた経験があり、それが電設資材という共通性があったことと、僕の「機能性と心情性が互いに引き立て合う関係を構築するデザイン手法」が、テンパール工業さんの求めるデザイン像と重なり、開閉器のデザイン実装のタイミングでお誘いいただきました
蓄電池用の開閉器はテンパール工業さんにとっては新商品。今回は業界内での最小サイズを目指されていたのでデザインする上での最初の条件として、指定サイズ内に納める寸法と他社の情勢も見ながらの価格感でした。また、デザインの面白いところではありますが、組み立て工程順も決まっていますし、パーツの成形方法や抜き方向の都合もあり、どんな形状でも思いのままに実現できるわけではありません。その条件下でも立体造形としての美しさを持たせるために慎重にデザインをしました。実際デザインが固まってからは、設計担当者の方ともやり取りしながら、その都度デザインの最適化をしていきました。
唯一、ユーザーが触れる部分であるハンドルはかなりこだわって作りました。手に吸い付くような感触、触れて操作する際の安心感を得るには曲面はどの程度か、触るところの凸凹スジの間隔はどうするか、形状がカーブでなくストレートだとどんな感触か、様々な試作をしましたね。開発担当の古用さんが、デザイン思考を学ばれていたせいか「実際に試作して曲面が5Φ変わったらどうなるかじっくりやってみましょう」と、ものすごく丁寧な検討を促してくださるんです。生活の中で決して目立つことのないプロダクトのデザインに、ここまでこだわってくださるのはデザイナーとしては本当に心強い存在でした。また、デザインを社内の3Dプリンターで出力して試作できる環境もありがたかったですね。
発売した手動切替開閉器は現場の方にも大変高評価をいただいています。
装飾のための意匠と思われがちですが、そうではなく全ての造形にちゃんと機能的な意味があり、そういった部分が喜ばれているのかと思います。今回のデザインでは立体的情報伝達にもトライしました。これはグラフィックだけに頼らない情報伝達のことで、操作面の端を三角形に段落ちさせていますが、立体的に視線を誘導することで操作方向および結線方向を理解できます。グラフィックは直接レーザーで印字し、シールを貼る手間もなく、格好も良くて合理的です。
昨年、嬉しいことに『第18回ひろしまグッドデザイン賞 プロダクト部門奨励賞』をいただきました。生活の中で目につかないプロダクトであったとしてもデザインで出来ることは必ず存在する、というまさに今回の私たちの思想を評価していただけたと思っています。
格好の良い製品であれば、生産する人たちにとっても、大事に扱おうというポジティブな印象になる。それが製品の品質や働くモチベーション、ひいては企業のスタンスにもつながります。日常的に目に触れる製品ではないものに対しても、デザインする意義はきっとある。このことを理解して今回トライしてくださったテンパール工業さんは、デザイナー側からしてもリスペクトできる企業。今後も社内にデザインの裾野を広げるお手伝いが出来たら嬉しいですね。
デザイナーとして今回のようなハードプロダクトが得意なので、機能性を持つ家電などのデザインに興味があります。一方で造形美を追求するプリミティブなプロダクトのデザインにも今後関わりたいですね。
企業の皆さんは、専門的であるからこそ当たり前になっている部分が実は多くあるんです。我々デザイナーの役目は、第三者でのユーザー視点をもって、外部の目から見て当たり前を見直し、概念を変えて、デザインでできることを発見する。よく言っているのが、自分は産婆さんのような存在であること。企業が新しいものを生み出すところに寄り添い、励まし、より良いお産となるためサポートができたらと思います。
「ドキドキできてスラスラ使える」そんなプロダクトデザインを中心に、グラフィック・ブランディング・ソーシャルなどへの、デザイン領域の拡大もお手伝いしています。
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