事例 音戸イロリバHOUSE
広島の中山間地域の課題を解決するために広島県が主催した『ひろしま里山ウェーブ』というプロジェクト、そこにイロリバの此松さんが東京から参加されていたんです。此松さんがプロジェクトに参加する中で、音戸の町並みを気に入り、そこにあった築100年の古民家を買ってゲストハウスを作ることになって。そこに、宿のシンボルとなるような壁画が欲しいと思われたそうです。音戸は広島と江田島の間の場所なので、せっかくなら江田島のアーティストで誰かいないか、と江田島のコミュニティスペース『フウド』館長の後藤さんに相談があり、後藤さんに紹介してもらって此松さんとお会いしました。私の作品や作風を見ていただいて、「お願いします」ということで壁画のご依頼をいただきました。
依頼された壁画は、27㎡と17㎡の外壁と、宿泊者の方しか入れない倉庫と、合わせて3か所。要望の大前提だったのは、「あなたのそのままを出してほしい」ということでした。最初2か月位は、此松さんがどんな思いで、どんなものを描いてほしいのかを伺って、私がイメージして絵に描き、確認してもらって色々プラスマイナスしていく形でやり取りをしながらデザインを詰めていきました。どの仕事もそうですが、依頼主の思いを引き出して、それを形にすることが私の表現。思いがなければ私は形も作れません。だから最初はここをどうしていきたいのか、未来をどういう風に思っていらっしゃるか、一つ一つの「なぜ」に私が「なぜ」で聞きながら、素材を集める感じです。此松さんは、色んな人に来てほしいし、ここから世界に広がったらいいという思いがはっきりされていたので、イメージができるのは結構速かったように思います。
音戸大橋ができてちょうど60周年だったので、此松さんが「花を添えたい」と言われたんです。音戸と言えば橋を彩るツツジの花。ゲストハウスの名前がイロリバハウスなので、全部の壁画に明かりをイメージしたツツジを必ず入れたデザインにしています。また、イロリバハウスが道沿いにあるので、宿泊する人が明かりを灯すことで、その明かりが音戸の町を照らしてくれるんです。来る人と町の人と、両方にとっての灯になれたら、という思いから、一番大きな壁画は、明かりを模したツツジの花をメインにしました。反対側の壁画は、ここが音戸であることが分かるように、音戸らしい、ちりめん・渦潮・ツツジなどを入れて、この地と来た人が交わってもらいたいという思いで描きました。泊まった人しか見れない倉庫には真っ黄色のツツジを描いています。来た人がまた戻ってきてくれるような、未来につながるものになればいいなというイメージで描きました。
デザインが決まってからは、約2週間で描き切りました。実はこういった大きな壁画を描くことは私にとっても初めてのチャレンジでした。グラフィティ(※1)アーティストの友人からアドバイスをもらって、下絵をプロジェクターで投影して大まかに描いた後、自分の感覚でプラスの絵を書き足していきました。描くところがナミナミしているトタンだったので、スプレー塗料で先に吹き付けて、それからディティールを筆で細かく描いています。
大変だったことと言えば、屋根がびっくりするくらいの傾斜で、下手したら転げ落ちそうなことや、描いたのが12月だったので震えるほどの寒さだったこと。とは言え、絵を描くことが大好きなので、好きなことをさせてもらって、自分にとっても楽しい時間を過ごすことができました。
※1 グラフィティ
美術のアートスタイルのひとつ。スプレーなどで壁やシャッターに描かれた図やイラストのこと。
実際に描いている時は、地域の人や通りがかりの人など、色んな人達と繋がっていく時間でもありました。「いつも下を向いていたけど、上を見上げるようになったよ」とか、「通りが明るくなった」など声をかけてもらったり、私の代わりに住民がこの絵を説明したりして、だんだんこの絵を誇りに思ってきてくれているんだなと感じました。音戸の町は、再建不可物件の土地や空き家が山ほどあって、住みたくても朽ち果てるとどうしようもなくて空き地になるしかない特殊な場所なんです。壁画を描いている時に、人口が減っている問題など市民なりに考えている思いを聞くこともあって。出来上がった絵がみんなの思いに少しでもつながるようにと、その場で描きながら思いを絵の中に追加しています。そうして完成した壁画は、町のシンボルのようになったと住民の方も言ってくれて、音戸の町を彩る一つになれたかなと思っています。
此松さんは普段は東京でゲストハウスをされているので、音戸は家守さんで運営されています。家守システムはとてもよくできていて、イロリバハウスに住みながら、宿泊対応のアルバイトもできるので、様々な地域からお試し暮らしを兼ねて来られるんです。地元の方が壁画の話をしてくれるので、家守さんも自然と関りが持てているようです。
今回私は宿のために絵を描いたのですが、最終的には町のためになったように思います。描いて終わりではなくて、これをきっかけに音戸の再認識ができたり、関係性が生まれたり、イロリバハウスが架け橋となり、機能し始めたんじゃないかなと思います。今後も、色々なものを繋げて、みんなの未来にもつながるようなことになったら良いなと思います。
私はアーティスト活動を始めて今年で6年目になります。美大には行ってないけれど、絵を描くことが好きだから覚悟を決めてチャレンジしていく中で、作家活動をしながらやっていく環境を探していた時に、フウドの後藤さんに出会ったんです。フウドは全部を受け入れて応援してくれる場所ですし、お互い作用し合える面白い活動をしているスタッフばかり。現在もフウドで働きながら、オーダーをうけての作品作りや、企業さんとのデザインの仕事、ワークショップ講師などの活動をしています。どの仕事に関しても、絶対にしたいことはつなげること。自分はバトンを人に送る思いで作品を作り続けているので、自分も、関わった人の未来も作れたらと思っています。
私が生まれ、育ったこの江田島はとても豊かな所です。それに気づいたのは、私が1回外に出たからなんですよね。江田島に限らずなのですが、みんな今あるものを見失っているから、ちゃんと見つめることが大事だと思うんです。今ある価値を引き出すようなことを、私達のように活動をしている人がしなくちゃいけないと思っています。そうすることで、住んでいる人のシビックプライド(※2)みたいなものにつながればいいなと思います。最近では江田島に私のような活動をしている人も増えてきたり、東京からIT企業が来たりと、面白くなっています。江田島に対する未来の選択肢が増えることはすごくいいこと。活動している人も、していない人でも、「誰でも島においでよ!」と誇らしく言えるようになるといいなと思います。
※2 シビックプライド
「地域をより良い場所にするために、自分自身が関わっている」という、当事者意識や自負心のこと。
「思いを形にし繋いでいく」をコンセプトに依頼イラストやコラージュ制作。デザイン制作。壁画制作をしています。また展示、ワークショップ講師も行っています。
広島県江田島市